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2006/12/17

そのまんま東氏が号泣、イメクラ釈明中に

 宮崎県の出直し知事選(来年1月4日告示、21日投開票)に出馬するそのまんま東氏(49)=本名・東国原英夫=が15日、生まれ故郷の宮崎・都城市内で事務所開きを行った。

東氏は集まった支援者を前に約15分間にわたり思いの丈を述べた。イメクラ事件、傷害事件など過去の不祥事についても自ら切り出し、支援者から「頑張れ」の声が飛ぶと目頭を押さえ号泣した。

「31年ぶりに帰って来た」-。故郷・都城市での事務所開きにはスタッフ、両親、家族、そして高校の同級生ら35人が集結。そこで東氏は知事選出馬への覚悟と宮崎への思いを語った。

落ち着いた口ぶりは記者会見と変わらない。だが、過去の不祥事について触れたその時、言葉が途切れた。「私はかつて…」目頭を押さえても涙は止まらない。「頑張れ!」支援者の1人が声を上げた。東氏は下を向き号泣した。

「最近年をとってしまって…。戻ってきて地元の温かさに触れてしまうとね」。所属を持たず草の根の選挙活動であることをアピールし「宮崎県民党」を味方につける必要性を訴えたが、その目は真っ赤なまま。言葉を必死でつなぐと最後は深々と頭を下げた。

それほど、あの「渋谷イメクラ事件」の傷は深い。ある民主党関係者は「あんな事件を起こした人に教育を語ってもらいたくない」と語気を荒らげ「知事選に出馬することで、みそぎになるのではと考えているのなら県民をなめている」と痛烈に批判した。

他陣営からも必ず批判されるであろう不祥事について、東氏は「大学に進学し、文武両道を大切にし、価値観を変えたこと」などを訴えていくという。

公開するはずだった事務所開きも、突然報道陣をシャットアウトする不手際もあった。「手作りなものでルールに慣れていません。他意はありません」と釈明したが、いまだ整わない選挙態勢に不安は隠せない。「不安です。でも、裸一貫ぶち当たっていくしかない」と強気に言い放った。


「渋谷イメクラ事件」 1998年5月、東氏が東京・渋谷のイメクラ「年中夢中」に来店し当時16歳の少女からわいせつなサービスを受けた。その後、同店の摘発に伴い、児童福祉法違反の疑いで数回にわたり任意の事情聴取を受けた。

事件として立件されることはなかったが東氏は半年間、芸能活動を自粛。この事件について東氏は自身のHP上で「僕は、彼女が未成年であることなど知りませんでした。店では、その女性は『20歳』となっていました。僕は警察に協力し、状況を包み隠さず正直に話しました」と弁明している

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